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シャン・サは天安門事件のときに親族とフランスへ移住して、
みなさんBlogでははじめまして!
アンサンブルフランス語講師のShokoです。
フランス文化・映画に大変興味がありまして、
これからいろいろ本や映画の事を紹介させて頂こうと思っています。
今回は・・・・・・
「碁を打つ女」です。
―戦時下で出会った、満州の少女と日本人の兵士の物語。
なぜシャン・サの本を手に取ったんだっけ。確か学校の新しい文学のコーナーを指でなぞっていって、手に取った。そうだ、昔ゼミの教授がシャン・サとリシャール・コラス(シャネルの日本法人社長)の書簡について何を言っていたのを思い出したからだ。
どうやって仏文のゼミで中国人っぽい名前の人が出てきたんだろう、と疑問に思っていました。
シャン・サは天安門事件のときに親族とフランスへ移住して、
その後フランスにずっと住んでいる中国人女性。
だから彼女は中国人だけれど、フランス語で物語を書く。
中国人が書いたものだけどカテゴリーはフランス文学になる。
そしておもしろいことに、フランス人画家とその結婚相手である日本人と共に共同生活を送ったことがあるそうです。
ちなみにシャン・サの写真とインタビューはこちら。
絵を描いたり詩を書いたりもしているようです。
物語は少女と日本兵との視点が交互に入れ替わって語られます。
それはそのまま、碁の対局。
女と男、日本と中国、迫害されると方とする方、そんな黒と白。
わたしがこの本を読んでいてもっとも感動したのは、
最後のシーンでも物語の構成でもなくシャン・サの視点です。
もし彼女がずっと中国に住んでいたら、この物語は生まれなかったのではないでしょうか。
戦時中占領されていた側の中国が、日本をこんな風に書けるのかと。
つまり日本と中国の関係が、
フランスと言う他国を通してうまく均衡を保っているように見えるのです。
つまり日本と中国の関係が、
フランスと言う他国を通してうまく均衡を保っているように見えるのです。
そしてそれはもちろん、彼女が他国の文化を受容してきたことや日本人との関わりがあったことにも負うところがあると思います。
ですが、それよりもこの物語を日本語でも中国語でもなく、フランス語で書いたことに意味があると感じます。言語のフィルターを通して彼女は日本と中国の見方を変えた。
ですが、それよりもこの物語を日本語でも中国語でもなく、フランス語で書いたことに意味があると感じます。言語のフィルターを通して彼女は日本と中国の見方を変えた。
これを読んで、わたしは中国に対する考え方が完全に変わってしまいました。
日本と中国の間にどんな歴史があったとしても、それでもやっぱり文化はそれを越えられるのです。(それもあって中国語の勉強を始めました。)
ところで彼女のように、フランス語の中国文学というのは他にもあります。
『バルザックと小さな中国のお針子』のダイ・シージエがその例。
映画もありますが、
中国山間部の美しい風景が印象的です。
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