Bonjour à
tous ! アンサンブル講師のHibiki
です。
僕はSkype
のマンツーマンレッスンの他に、Zoom
を用いた
「翻訳強化グループレッスン」も担当させてもらっているのですが、
今回は、このレッスンがどのような意図や目的で行われているか、
レッスンレポートという形でご紹介したいと思います。
さて、先日の6月20日に行われた翻訳強化グループレッスンでは、
世界中で知られているサンテグジュペリの名作
『星の王子さま
(Le Petit Prince) 』からの抜粋を使用しましたが、
本編に入る前の、作者が彼の親友に宛てた “献辞” にあたる部分を選びました。
À Leon Werth.
Je demande pardon aux
enfants d'avoir dédié ce livre à une grande personne. J'ai
une excuse sérieuse : cette grande personne est le meilleur ami que j'ai au
monde. J'ai une autre excuse : cette grande personne peut tout comprendre, même
les livres pour enfants. J'ai une troisième excuse : cette grande personne
habite la France où elle a faim et froid. Elle a bien besoin d'être consolée.
Si toutes ces excuses ne suffisent pas, je veux bien dédier ce livre à l'enfant
qu'a été autrefois cette grande personne. Toutes les grandes personnes ont
d'abord été des enfants. (Mais peu d'entre elles s'en souviennent.) Je corrige
donc ma dédicace :
À Leon Werth quand il était
petit garçon.
上記のテキストを、参加者には事前にお送りし、
レッスン当日は各自の訳文を発表していただきました。
この本を読まれた方ならおわかりになるように、
『星の王子さま』では大人は “愚かなもの”
として描かれます。
Les grandes personnes ont toujours besoin d’explications.
「大人は説明してやらないと何もわからない。」
だから、そんな “愚かな大人” であるレオン・ヴェルトに
この本を捧げることを、“かしこいこどもたち”
に謝っているのです。
(もし、『星の王子さま』は読んだことがあるけれど、
この献辞を読み飛ばしてしまっていた、という方がいたら、
大事な箇所なのでぜひ、もう一度読んでみてくださいね。)
さて、今回のレッスンを終えて面白かったのは、
« J’ai une excuse
sérieuse. » の訳し方です。
テキストを見てみると、その次の文には
« J’ai une autre
excuse. »、さらにその次には
« J’ai une troisième
excuse. » とあるのがわかります。
一つ理由があって、もう一つあって、そして「三つ目の理由は…」、
この箇所が、参加された生徒様は、訳すのに苦労されたとのことでした。
最初は「一つ、もう一つ…」だったのに、いきなり「三つ目」、
と言ってしまっていいのだろうか?
そして皆さん、日本語ではこう言うだろうか?と考えた末、
それぞれ独特な解決法を編み出していました。
一人の方は、「一つ、もう一つ…」と訳し、« une troisième excuse » を
「最後の理由」と訳されていました。いきなり「三つ目」は唐突なので、
「最後の」と言い換えたのです。とても上手い落としどころを見つけられたな、
と思いました。
そして別の方は、「三つ目」は残したまま、なんと最初の
« J’ai une excuse
sérieuse. » の訳文の冒頭に「三つの理由があって、一つ目は…」
と書き換えたのです!そうすることで、最後の「三つ目」が自然になります。
さて、こういった「書き換え」や「加筆」は
“禁じ手” なのでしょうか?
翻訳には「直訳」と「意訳」があると言われ、「直訳」の方が原文に忠実で、
「意訳」は自然で読みやすいけれど原文が少し崩れてしまう、
というイメージがあります。
では、さらにその「意訳」を超えて文を足したり引いたりすることは、
翻訳をする上で“やってはいけない”
ことでしょうか?
実は、そうでもないのかもしれません。
毎回、レッスンの中でも申し上げているのですが、
翻訳はしばしば訳者の「解釈」といえます。
つまり多かれ少なかれ、その人自身による「創作」でもあります。
ということは、どんなテキストでも、100%の「直訳」は不可能なんですね。
コピー&ペーストするみたいに、“まったく同じ文” を違う言語で作ることは、
土台無理なのです
(日本語とフランス語のように離れた言語同士であればなおさら)。
だとすれば、思いっきり「意訳」して、その言語を母語としている
相手に読みやすい噛み砕いた翻訳があってもいいはずです。
ただし、「意訳」は良くても「誤訳」はダメなので、
原文をよく読む必要があります。精読したうえで、これはこうだ、
と自分の中で意味の根っこをつかまえることが出来れば、
あとは必要に応じて変形することもできるでしょう。
とはいえ、やはりあまり大きな変更、つまり原文に書いていないことを
加筆したり、逆に書いてあることを消したりするには、慎重な判断が要るし、
“なぜそうしたのか”
という問いに答えられないといけません。
逆に、あえて「直訳」に寄せてみる、というのも一つの手です。
先ほどの例で言えば、原文通り「一つ、もう一つ、そして三つ目は…」
と訳してしまうのです。それによって多少読みづらくなったとしても、
よほどでなければ意味は通ります。そしてあえて「直訳」にすることで、
“適度な違和感”
を残すことができます。
これはあくまで「翻訳」で、元はと言えばフランス語という
外国語で書かれた文章だ、という事実を読み手がわかっているのであれば、
なるほど、フランス語ではこう言うのか…というように、日本語の中に
“フランス語感” を紛れ込ませることができるのです。
最後に、翻訳を行う時は、できれば
“誰が読むのか” も
意識した方がいいでしょう。相手が(上記のような配慮ができる)大人であれば、
そこまで親切にならず「直訳」に近い文体で “適度な違和感” を楽しんでもらう。
相手が子どもなら、固い食べ物を噛みやすく細かくしてあげるように
適宜「意訳」して、とにかく日本語として伝わりやすくする、
などの工夫が可能でしょう。
ということで、長くなってしまいましたが、
6月20日のレッスンでは、参加者の訳文がそれぞれ個性的だったおかげで、
「直訳」と「意訳」について深く考えることが出来ました。
(改めて、ご参加くださりありがとうございました!)
翻訳に「正解」がないように、このレッスンにも正解はありません。
毎回、参加してくださる方の訳文が貴重な「教科書」になります。
興味のある方はぜひ、一緒に翻訳について考え、
フランス語の文章を「味わう」ためのひと時を過ごしませんか?
執筆 Hibiki
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